留学中に友達が救急搬送されて通訳した話【1年留学した体験談】

救急車を電話で呼ぶカモノハシのイラスト(留学中に友達が救急搬送されて通訳した話) 留学生活

「もし留学中に病気やケガをしたら、英語でちゃんと対応できるんだろうか?」

留学前、そんな不安を感じたことがある方も多いのではないでしょうか。

私は1年間オーストラリアに語学留学をしていたときに、その「もしも」を経験しました。ただし、倒れたのは私ではなく、同じシェアハウスに住む留学したばかりの友達。英語がほとんど話せない状態だったので、救急隊員との間に立って通訳をすることになりました。

この記事では、あの日に起きたこと、通訳中に感じた緊張とプレッシャー、そして日本とオーストラリアの救急医療の違いに驚いたことを、正直に書いていきます。

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シェアハウスの門前で友達が倒れていた

シェアハウスの門前で倒れている友達に駆け寄るカモノハシのイラスト

ある日、シェアハウスに帰ると、門の前に友達が倒れていました。

遠くから見えたときは、「もしかして誰か倒れてる?」というくらいの感覚でした。急いで近づいてみると、それが同じシェアハウスに住む友達だと分かりました。留学してきたばかりで、英語がほとんど話せない状態の友達です。

お腹が痛いとうなっていて、話すのがやっとの様子でした。パニックになるというより、「とにかく何かしないと」で体が先に動いている感覚でした。

友人にどんな様子か聞くと、救急車を呼んでほしいと言われたので、そこで救急車を呼びました。

この救急通訳の話は、以前別の記事で上達を実感した瞬間のひとつとして要約で触れました。今回はそのときの詳しい経緯をお伝えします。

英語が上達したと実感した瞬間エピソード集【1年留学した体験談】


英語で救急車を呼び、20分待った時間

救急車を待ちながら不安そうに道の先を見つめるカモノハシのイラスト

すぐに英語で状況を伝えて救急車を呼びましたが、実際に来るまでは想像以上に長く感じました。

日本の感覚では、電話をしたらサイレンを鳴らしてすぐに来てくれるイメージでした。でも実際には20分ほど待つことになりました。しかもサイレンは鳴らさず、静かな到着でした。

「本当に来るのかな」「これで合ってるのかな」――待っている間は、そんな不安が頭をよぎりました。20分という時間だけを見れば短く感じるかもしれません。でも、お腹の痛みでうめく友達のそばで過ごす20分は、実際の時間よりずっと長く感じられました

あとから調べてみると、オーストラリアでは警察・消防・救急すべてが「000(トリプルゼロ)」という共通の緊急通報番号につながっていて、出動にも優先度があるそうです。命に関わる緊急のケースはサイレンを鳴らして向かう一方、そこまで緊急性が高くないと判断されたケースはサイレンなしで向かうとされています。

友達の救急車がサイレンを鳴らさなかったのも、あとになって、この区分に当てはまっていたのだとわかりました

オーストラリアの一部の州(例えばビクトリア州)では、最も緊急度が高いケースで「85%が15分以内に到着する」という目標が今は掲げられているようです。一方、日本の119番は全国平均で現場到着まで約9.8分(2024年:総務省消防庁の最新公表データ)というデータもあります。単純に比べられるものではありませんが、当時の私が感じた「日本ならもっと早く来るはず」という感覚は、そんなに間違っていなかったのかもしれません。


救急車の中で任された通訳、緊張とプレッシャー

救急車の中で救急隊員と友達の間に立って通訳するカモノハシのイラスト

駆け付けた救急隊員に状況を説明していると、そのまま私が付き添って通訳をすることになりました。

救急隊員から英語で、年齢や心当たりのある症状などを聞かれました。苦しんでいる友達に日本語で確認しながら、それを英語にして救急隊員に伝える――この繰り返しでした。

簡単な質問はそのまま答えられました。でも、自分の解釈に自信が持てない質問のときは、「私の理解ではこう聞かれていると思ってるけど、合ってる?」と救急隊員に聞き直しながら進めました

日常会話の通訳とは違い、単語ひとつの解釈違いが対応に影響するかもしれない場面です。普段の会話以上に、聞き取りと言葉選びに神経を使いました。

うまく伝えられているかどうか、分からないまま進めている感覚でした。友達は痛みでしゃべるのもやっとの状態で、隊員は次々に質問を重ねてきます。その間に立って、間違った情報を伝えたら友達の治療に影響するかもしれない、というプレッシャーがずっとありました。


小さな病院での待ち時間と「大きい病院で診る必要がある」の一言

病院の待合室で苦しむ友達の背中をさするカモノハシのイラスト

病院に到着してからも、すぐには診てもらえませんでした。

最初に運ばれたのは小さな病院でした。到着後も、体感で15分くらい待たされました。時計をきちんと見ていたわけではありませんが、それくらい長く感じました。

その間、お腹の痛みでうめいている友達に「もう少し耐えて」と声をかけながら過ごした時間でした。

ようやく診察が始まったものの、結果は「大きい病院で診る必要がある」というものでした。この一言を聞いたときは、正直不安が増しました。

「何か重い病気なのかもしれない」という考えが頭をよぎったのを覚えています。そこで再び救急車に乗り、別の病院へ向かうことになりました。


大きな病院の日本語サポートと友達の回復

回復した友達がベッドで笑顔になり、安心するカモノハシのイラスト

大きい病院に着くと、そこには日本人の看護師か、病院付属の通訳のような人がいました。その人が友達の対応を引き継いでくれることになり、私は帰宅するよう言われました。

通訳の役目からようやく解放された瞬間でした。救急車を呼んでからずっと気を張り続けていたので、ここでやっと肩の力が抜けた感覚がありました。

日本語が話せるスタッフに引き継げた瞬間、心の底からほっとしました。ずっと緊張しながら通訳を続けていたので、「もう自分が頑張らなくていいんだ」という安心感でいっぱいでした。

友達はその後2〜3日入院し、無事に回復しています。

友達自身も病名までは覚えていなかったので、私も詳しくは知らないままです。それでも、命に関わるような大事には至りませんでした。

後日、友達から「すごい助かった」とお礼を言われました。あのとき通訳できてよかったと、素直に思います。それと同時に、現地に日本語で対応してくれるスタッフがいたことに、心強さも感じました。


まとめ

  • 友達が倒れているのを見つけたときは、パニックになるというより体が先に動いていた
  • 救急車が来るまでの20分と、車内での通訳の間はずっと緊張とプレッシャーがあった
  • 大きい病院で日本語スタッフに引き継げたときの安心感は今でも覚えている

次に読むなら、私が英語をどのくらいの期間で話せるようになったかをまとめた記事がおすすめです。

英語が話せるようになるまでの期間【1年留学した体験談】


留学前にオンライン英会話で話す練習をしておけばよかったこと

今振り返ると、留学前にもう少し英語で話す練習をしておけばよかったと思っています。いざという場面で言葉が出てくるかどうかは、日頃どれだけ話す練習を積んできたかによると感じました。あのときは必死で言葉をつないで乗り切りましたが、練習を怠ったままだと、次に同じような場面に立ったとき、言葉に詰まって大切な人を助けられないかもしれない――そう感じています。

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