「英語って、本当に上達しているんだろうか?」
留学中、そんなふうに不安になったことが何度もありました。毎日英語の中にいても、自分が伸びているかどうかは、なかなか分からないものです。
私は1年間オーストラリアに語学留学をしました。スタート時点は英語の成績が下から数えた方が速かったくらいのレベルです。そこからの1年間、英語が上達したと実感できた瞬間がいくつかありました。
この記事では、その瞬間を集めたエピソードを書いています。「英語が伸びている実感がない」「本当に上達しているのか分からない」と感じている方に、ひとつの体験談として届けば嬉しいです。
※本記事には広告・PR情報が含まれています。
英語ゼロで乗り込んだ1年間の始まり——「コーラ、プリーズ」が通じなかった話

英語が上達した瞬間の話をする前に、まずスタートラインを正直に書いておきます。
英語の成績は下から数えた方が速かったです。授業はほとんど出ず、英語の勉強はろくにしてこなかった。そんな状態で1年間の語学留学に飛び込みました。
到着直後から洗礼を受けました。
喉が渇いてお店に入り、メニューを見ても何が書いてあるかよく分からない。とりあえず読めた「コーラ」を頼もうとして「コーラ、プリーズ」と言ったら通じませんでした。仕方なくメニューを指さして「ディス」、指を1本立てて「ワン」。何とかコーラが出てきたときの安堵感は今でも覚えています。
お金の支払いも苦労しました。ドルやセントの単位がよく分からず、店員さんにお財布ごと見せて取ってもらいました。
授業でも、最初は聞き取れない英語をぼんやり聞きながら、相槌と愛想笑いでやり過ごすしかない日が続きました。
そこからの1年間で、少しずつ変化が起きていきました。
詳しいスタート時の話は「英語力ゼロで留学してみた結果【体験談】」に書いています。
「あれ、こんなに話せてる」と気づいた瞬間——ホストファーザーとの弁償交渉

英語の上達を最初に実感したのは、テストでも授業でもなく、感情がぶつかる場面でした。
ホストファミリーに自転車を無料で貸してもらっていたのですが、ある日その自転車が壊れてしまいました。ホストファーザーから「弁償してほしい」と言われました。
正直、納得できませんでした。自分が壊したわけじゃない。そう思った私は、必死に英語で気持ちを伝えようとしました。
その最中に、ふと気づきました。
「あれ、こんなに話せてる。自分のイメージより全然話せる」
文法が完璧だったかどうかは分かりません。それでも、言いたいことが口から出てきていた。あの瞬間の驚きは今でも覚えています。「英語で意思疎通できている」という実感が、勉強ではなく感情のぶつかり合いの中から来たことが、何より印象に残っています。
英語が話せるようになるまでの月ごとのタイムラインは「英語が話せるようになるまでの期間【1年留学した体験談】」にまとめています。
英語で夢を見た——数か月経ったある朝の話

「英語脳になってきたな」と感じた瞬間がありました。
留学して数か月が経った頃のある朝、目が覚めてすぐに気づきました。夢の中で英語を使っていたのです。
夢の内容は、留学中に仲良くなったみんなとパーティーをしている場面でした。会話がすべて英語で進んでいて、しかもそれが当たり前の感覚で、不自然さが全くありませんでした。
目が覚めた瞬間に「あ、英語で夢を見た」と気づいて、妙な嬉しさがありました。
英語が「ツール」として頭に入ってきた感覚というか、起きているときだけでなく、無意識にも英語が動いている、という体験でした。これは日本にいるだけでは、なかなか味わえないことだと思います。
字幕を目で追っていたら、映画の声が突然つながった日

聞き取れなかったものが、ある日突然「言葉」として届いてくる瞬間がありました。
ホストファミリーの家にDVDがたくさんあって、好きに見ていいと言ってもらっていました。ただし日本語字幕はなく、英語字幕のみでした。
最初は2〜3単語を目で追うだけで字幕が切り替わってしまい、全くついていけませんでした。
そこで私は意味を考えるのをやめました。とにかく字幕を目で追うことだけに集中する。内容は気にしない。それだけに絞って、ひたすら続けました。続けているうちに、少しずつ聞き取れる英語が増えてきた実感がありました。字幕練習以外にもいろいろと試しながら、「なんか、英語できてきてるかな」と感じ始めていた頃のことです。
試しに字幕なしで映画を見てみました。声が聞き取れて、何を言っているかが分かる。そんな感覚があったのです。
「あ、聞き取れてる」
これまで音の羅列に聞こえていたものが、言葉として届いてくる。あの瞬間の感覚は今でも覚えています。頭の中で何かがつながった、という感じでした。
字幕トレーニングや、他にいろいろ試した勉強方法は「留学中に効果があった英語の勉強方法【1年留学した体験談】」に書いています。
冗談を言って笑わせた

冗談が相手に通じた瞬間は、「話せる」という以上の手応えがありました。
だいぶ英語に慣れてきたころ、会話の中でふと冗談を言ってみることがありました。最初のうちは普通の会話を成立させるのに精一杯で、冗談なんて考える余裕もありませんでした。でも慣れてくると、「通じるかな?」と半信半疑ながらも、思い切って言えるようになっていました。
よくやったのは、話の流れに乗りながら最後にちょっと変なことを言う、という構造です。
相手が笑ってくれたとき、「ちゃんと会話に参加できている」という感覚がありました。意味が伝わっているだけじゃなく、空気まで読めているんだという手応えで、素直に嬉しかったです。
冗談が通じるようになってきた頃、学校で仲良くなったスイス人の友達がいました。「おもしろい」「賢い」と言って気に入ってくれて、後にアルバイトまで紹介してくれました。英語で人を笑わせられるようになると、人間関係もこんな形で広がっていくんだ、と思いました。
アルバイトの話は「留学中にアルバイトをしてみた【オーストラリア1年の体験談】」に書いています。
英語で誰かの助けになれた瞬間——救急通訳の話

留学中に、英語が「コミュニケーション」だけでなく「誰かの役に立つもの」になった瞬間がありました。
シェアハウスに帰宅したとき、門の前で友達が倒れていたことがありました。その友達は留学してきたばかりで、英語がほとんど話せない状態でした。
お腹が痛いとうなりながら言っていて、明らかに様子がおかしかったです。
すぐに英語で状況を伝えて、救急車を呼びました。
20分ほど待って救急車が来ました。救急隊員から英語で状況を聞かれ、苦しんでいる本人に日本語で確認しながら、英語で救急隊員に伝える、という通訳をしました。
小さな病院で診てもらったあと、「大きい病院で診る必要がある」ということになり、再び救急車で別の病院へ。大きな病院では日本語対応のスタッフが対応してくれることになったので、私はそこで帰宅しました。その友達はその後2〜3日入院したものの、問題なく戻ってきました。
帰り道に思ったのは、「英語がここまで使えるようになっていたんだ」ということでした。
留学前の自分では、救急車を呼ぶことも、隊員に状況を伝えることも、到底できなかったと思います。
留学前にもう少し話す練習をしておけばよかった、とも思いました。いざという場面で言葉が出てくるかどうかは、日頃の練習量によると思います。ネイティブキャンプのように留学前から外国人講師と実際に話す練習ができる環境があれば、もっと早くスピーキングの基礎を作れたと思っています。![]()
まとめ
- 英語の上達は、テストより感情が動く場面で実感できることが多かった
- 英語で夢を見た、映画の声がつながった、冗談が通じた——小さな瞬間の積み重ねが上達の証だった
- 英語が誰かの助けになれたとき、上達の意味を一番深く感じた
次に読むなら、英語が話せるようになるまでの期間を月ごとにまとめた記事がおすすめです。
